[午後2時47分 - 清水のアパート]
輝(カガヤク)と衝撃(ショウゲキ)が戻ると,清水のアパートはすでに片付けられていた.ドアの横には箱が積み上げられ,壁の写真――46の失敗と2つの成功の記録――は丁寧に取り外され,フォルダに分類されている.
「...何が起きているの?」衝撃が不安げに部屋を見渡した.
清水はファイル箱から顔を上げた.その銀色の瞳には,二人が見たこともないような重みが宿っていた.「黒幕(クロマク)は自分の計画が失敗したことを知っている.それは,私たちが自分を狙っていると気づいたということよ....つまり,あいつは先に私たちを消しに来る」
「なら警察へ行こう.隠れるんだ,俺たちは――」
「終わらせるのよ」清水の声は,悲しみに包まれた鋼のようだった.「私は7つの人生を,報いから逃げ,真実から隠れ,誰かを救おうとしながら,そのために犠牲を払う勇気を持てずに過ごしてきた....今回は違う」
輝の瞳に黒い星が浮かぶ.「...何を企んでいるんだ?」
「4回目の人生で夫を殺す代わりに,すべきだったことよ....自首するの.すべてを自白する.私があなたたちを操って田中カルコを殺させた.すべては私の筋書きだった....私が,このすべての裏にいた本物の怪物だったとね」
「正気か? 田中さんを殺したのは俺たちだ,あんたじゃない!」
「そうかしら? 傷ついた二人を操って,私の代わりに手を汚させたのは私よ」清水は詳細な自白書を取り出した.偽造された証拠,タイムライン,動機.すべてが完璧だ.「この3時間で,自分を有罪にするための完璧なケースを作り上げたわ.捏造された通信記録,植え付けられた証拠....どんな検察官も,あなたたち二人を疑う余地がないほどの物語よ」
「...そんなこと,させないわ」衝撃の手が震える.
「あなたたちに選択肢はない.真が仕組んだ,殺害映像を公開する死者のスイッチ(デッドマンズ・スイッチ)...あれは私がハックして無効化したわ.黒幕が真に協力して設定したプロ級の暗号だったけど,私は幾多の人生で19年間サイバーセキュリティを学んできた.デジタルの引き金の外し方は知っている」
彼女はノートPCを見せた.無効化されたプログラム.「映像が流れることはない.今も,これからも....あなたたちは,その報いからは守られたわ」
「...どうして,俺たちのためにそこまで...? 俺たちは,あんたの何なんだ」
「...私は46人の失敗を見てきた.復讐で自滅していく彼らを,ただ傍観して記録してきた....でも,あなたたちは違った.復讐ではなく『防止』を選んだ.真の拷問計画を止めた.連鎖を続けるのではなく,断ち切ろうとした」清水の声が震えた.「...お願い,私にあなたたちを救わせて.私の7回目の人生に,失敗の積み重ね以上の意味を持たせてほしいの」
輝の目に,熱い涙が溢れた.「...自分たちの罪を,あんたに背負わせるなんてできない」
「私がすでに有罪なら,それは犠牲じゃないわ.私は4回目の人生で夫を殺した.完全に逃げ切り,43年間,罪悪感で酒に溺れて死んだ....これ(自白書)は,ようやくその殺人の報いを受けるためのもの.田中カルコの件は,同じパターンの再現に過ぎないわ.『過去に殺人を犯した者が,また殺した』...信憑性はある.綺麗に収まる....これで,あなたたちは救われる」
「...黒幕はどうするんだ? あいつを止めなきゃ」
「そこからがあなたたちの出番よ」清水はさらに3つのフォルダを差し出した.黒幕の組織に関する詳細な情報.「佐藤刑事と計画を立てたわ.私を『餌』にしてあいつをおびき出す.あいつは連鎖を壊そうとする者を消したがっている....なら,やらせてみましょう.あいつが私に集中している間に,あなたたちがこのファイルを全メディア,全警察署,真実を知るべきすべての人に届けるのよ」
「...死ぬつもりか」
「たぶんね.でも私はすでに6回死んでいる.17件の殺人を仕組んだ男を止めるためなら,もう1回くらいなんてことないわ」彼女は二人にフォルダを預けた.「約束して.私の7回の人生より,あなたたちの2回目の人生をより良く使うと.壊すのではなく,築き上げると....転生に意味を持たせると」
輝は震える手でフォルダを受け取った.7つの人生を生き,46人を救えず,今,自らを貶めることで他人を救おうとしているこの人間を見つめて.
「...約束する」輝は言った.「二人で,必ず」
「...よかった」清水は微笑んだ.初めて見る,心からの笑顔だった.「さあ,行きなさい.ファイルを持って安全な場所へ.そしてすべてが終わったら...私が刑務所にいても,死んでいても,その後に何が来ようとも...私の物語を伝えて.復讐は毒だと.防止こそが唯一の道だと....勇気を持って違う選択をすれば,連鎖は断ち切れるのだと」
[午後5時23分 - 六本木・黒幕のオフィス]
ビルは真が説明した通りだった.高級高層ビル,最上階のプライベートオフィス.プロ級だが突破不可能ではない警備.清水と佐藤刑事は共に到着した.二人とも武装し,これが罠であることを理解していた.
「手下が待っているわね」佐藤は銃を確認した.「衝撃の両親を殺したような,プロの殺し屋たちが」 「それを望んでいるわ.あいつに動いてもらわなきゃ.姿を現させなきゃね」清水は最上階のボタンを押した.「...輝の最初の人生を壊した犯罪者に会う準備はいい?」
「星野里奈を殺した狂信的なファンを雇った男...輝が目の前で母を失う原因を作った人間ね」佐藤の声は険しかった.「ええ,準備はできているわ」
エレベーターは沈黙の中で上昇した.扉が開くと,そこはオフィスではなく「祭壇」だった.
フロア全体が,黒幕みなみ(ミナミ)に捧げられていた.アイドルのポスター,ループ再生されるコンサート映像,家族写真.中央には19歳の彼女の巨大な肖像画が置かれ,花とキャンドルに囲まれて微笑んでいる.
そしてその前に,黒幕プランナー本人が立っていた.
58歳.高価なスーツ.瞳には30年分の悲しみと怒りが蓄積されていた.彼は振り返ることなく,娘の肖像を見つめ続けた.
「彼女はスターになるはずだった」彼は静かに言った.「ただのアイドルじゃない.本物のスターだ.映画,音楽,影響力....彼女には才能があった.作られたものではない,本物の才能がね」
「...お気の毒に」清水が慎重に言った.
「そうか? それとも,そう言えば私が理性的になるとでも思っているのか?」ようやく彼は振り返った.普通の茶色の瞳だが,そこにはどんな時間も癒せない「壊れた何か」があった.「...知っているぞ,清水朱里.7つの人生.復讐から人々を救おうとして46回失敗した女....そして佐藤刑事.いや,福家由美子(フク・ユミコ)と呼ぶべきか.弟を破滅させ,人生を跨いでその仕事を完遂しようと追い続けてきた姉さん」
佐藤の手が銃に動いた.
「よせ.囲まれている」黒幕が影に合図すると,6人の男たちが現れた.武装したプロたち.日常的に人を殺す者特有の,冷めた瞳. 「私の協力者たちだ.30年間,芸能界を一つずつ解体するのを手伝ってくれた連中だよ」
「...なぜ?」清水が尋ねた.「なぜこれほど多くの人生を壊したの? あなたの娘さんは,こんなこと望んでいなかったはずよ」
「娘は狂信的なファンに自殺させられた....業界の不注意,アイドル文化の助長,パラソーシャルな執着から利益を得るシステム....業界が彼女を殺したんだ.私はそのお返しをしているだけだ」
「...罪のない人々を殺すことで? 弱い人々を操って自滅させることで?」佐藤の声が鋭くなる.「あなたは里奈を殺しただけじゃない.その息子も壊した.猛に殺人を犯させ,真を怪物に変えた....あなたの復讐は,どれだけの犠牲者を生んだの?」
「付随的な被害だ.搾取の上に成り立つ業界との戦争における,許容範囲内の損失だよ」黒幕は東京を見下ろす窓際へ歩いた.「外にいるアイドルたちは,笑顔でパフォーマンスをしているが,消費され,利用され,執着と強欲に壊されている....私はその必然を早めているだけだ.アイ(Ai)自身が追い求めた,あの偽りの愛を壊しているのさ」
「...あなたは自分の痛みを他人に投影しているだけよ」清水は一歩前に出た.手を広げ,敵意がないことを示す.「分かるわ.私もあなたと同じ場所にいたから.4回目の人生で,3回目の人生で私を殺した夫を殺した.逃げ延びたわ.それで癒えると思った....でも,復讐は結末(クロージャー)をくれなかった.古い痛みに新しい罪を加えただけだったわ」
「...なら,お前は弱かったということだ.私は違う」黒幕が手下に合図を送った.「消せ.事故に見せかけて――」
その瞬間,窓が内側へ爆発した.ガラスが飛散し,閃光弾が炸裂し,部屋に煙が充満した.混乱の中,SWATチームが屋上からラペリングで降り立ち,エレベーターからも突入.数秒でフロア全体を包囲した.
佐藤は盗聴器をつけていた.ビルに入った瞬間からバックアップを呼んでいたのだ.すべては計算通りだった.
「...逮捕よ」佐藤は黒幕に銃を向けた.手下たちはすでに制圧されている.「17件の殺人共謀罪,暴力の演出,そして――」
黒幕は笑った.心底おかしそうに.「...これで終わると思っているのか? 私にはファイルがある.保険だ.私が仕組んだすべての犯罪,操ったすべての人間...私が逮捕されれば,それらすべてが公開されるように設定してある.私を連行すれば,証拠は何百人もの人生を破壊する....お前の弟も,清水が救った連中も,お前たちが守ろうとしている全員だ」
「...なら,困ったわね」清水が静かに言った.彼女はジャケットから銃を取り出した.支給品ではない,私物だ.そして,誰も反応する前に引き金を引いた.
標的は,手下でも黒幕でもなかった. 自分自身だった. 銃弾は正確に,自らの腹部を撃ち抜いた.まるであらかじめ計画していたかのように.
「やめて!」佐藤が飛びついたが,間に合わなかった.清水は崩れ落ち,シャツに血が広がっていく.その銀色の瞳は,安堵に似た何かで見開かれていた.
「...自白するわ」口から血を吐きながら,彼女は喘いだ.「田中カルコを殺したのは私.輝と衝撃を操って手伝わせた....すべて,私が仕組んだこと....黒幕は関係ない.何一つね....私が怪物よ.私が人生を壊したの....ファイルを公開しなさい,黒幕....それが意味をなす前に,私は死ぬわ」
「...なぜだ?」黒幕の声はうつろで,驚愕に満ちていた.「...なぜ,潔白でもない連中のために自分を捨てる?」
「...あの子たちは,私とは違う選択をしたからよ」清水は咳き込み,歯が赤く染まった.「...防止を選んだ.連鎖を断ち切ろうとした....それには,守る価値がある....たとえ私が,自分を救えなくてもね」
佐藤は傷口を圧迫し,救急隊を叫んで呼んだが,清水の瞳はすでに霞んでいた. 「...7つの人生」清水が囁いた.「...ようやく...失敗以外の何かのために...使えたわ」
救急隊が到着する前に,彼女は息を引き取った.彼女の7回目の人生は,4回目と同じように血まみれの暴力で終わった.しかし今度は,復讐のためではなく,誰かのために.
黒幕は立ち尽くしていた.自分とは接点のない他人のために死ぬ人間を目の当たりにし,その顔に亀裂が入った.30年間の確信が,「自己保存よりも自己犠牲」を選んだ者の前で砕け散った.
「彼女は...」彼の声が震えた.「...たった今...」
「...彼女はあの子たちを救ったのよ」佐藤は清水の体を抱きかかえ,涙を流しながら言った.「...彼女はようやく,完璧に誰かを救ったの.それが,彼女の贖罪だったのよ」
[同時刻 - 渋谷スクランブル交差点]
輝と衝撃は巨大な交差点にいた.黒幕の全ファイルを収めたUSBメモリを手に,連絡しておいたメディア各社に囲まれていた.
計画は単純だ.すべてを公表すること.黒幕が仕組んだすべての殺人,工作,犠牲者.あいつを完全に白日の下に晒し,「保険」のファイルを無意味にすること――すべてがすでに公表されていれば,脅しは通用しない.
だが,輝のスマホが震えた.佐藤からのメッセージだ. 『清水が死んだ.あなたたちを守るために自分を撃った.田中殺害を自白してね....あなたたちは潔白よ.彼女がそうしたの....彼女の犠牲を無駄にしないで』
言葉がすぐには理解できなかった.清水が――7つの人生を歩み,19年間人々を救おうとした彼女が――死んだ? 「...嘘よ」衝撃が肩越しに読み,囁いた.「...そんな,一緒に人々を救うはずだったのに...」
輝の中で,根底から何かが崩れる音がした.清水は,自分たちが決してするなと警告されていた「自分を犠牲にする」という方法で,自分たちを救ったのだ.自分の復讐のためではなく,彼らのために.受けるべき報いから彼らを守るため,彼女は究極の「汚れ役」を引き受けた.
「...ファイルを出すんだ」彼はうつろな声で言った.「黒幕を暴く....彼女の死に意味を持たせるんだ」
彼らはUSBメモリを記者たちに手渡した.ファイルがアップロードされ,数十年の犯罪が公の場に溢れ出すのを見届けた.黒幕の保険は,すべてが公開されたことで紙屑と化した.
即座にニュースが流れた.「芸能界のフィクサー,数十年にわたる殺人共謀の疑いで発覚」.だが,輝に達成感はなかった.ただ,自分を救う価値などない人間に,救いのために死んだ者がいるという,押しつぶされそうな罪悪感だけがあった.
電話が鳴った.知らない番号.迷いながらも,彼は出た.
「...星野輝か」黒幕の声だった.以前とは違う,壊れた声.「...お前の勝ちだ.友人の――清水が,私の切り札を壊した.ファイルは公表された.私は終わりだ」
「...当然だ」
「そうか? 彼女は死んだんだぞ.お前の罪のせいで,一人の無実の市民が死んだ....私がしたことと何が違う? 私は娘のために家族を壊した.彼女はお前のために自分を壊した....保護する価値のない人間を守ろうとするという点では,同じだと思わないか?」
「...彼女は,俺みたいな愚か者を深く想うような人じゃなかった」
「...そうかな? 彼女はお前の罪を引き受けたんだ.それは,お前のことを大切に思っている人間にしかできないことだ」苦い笑い声.「...私は30年,娘の死を業界のせいにしてきた.だが,みなみは自分で死を選んだ.彼女の選択だ....清水がお前のために死ぬことを選んだようにな....そして,お前が田中を殺すと選んだようにな....すべては選択だ.そして最後には,誰もがその報いを受ける....それが私の結論だ,小僧」
「...なぜ俺に電話してきた?」
「...最後の一つ,真実を伝えるためだ.あまりに苦痛で,誰にも言わなかった真実を」黒幕の声が震えていた.「...星野猛.真の父親だ....私はただ,あいつを脅迫してお前の母親を殺させたんじゃない....まず,あいつを拷問したんだ.精神的にね.何ヶ月もかけて....殺らなければ家族が壊されると信じ込ませた....善良な人間を,計画的な拷問で殺人鬼に変えたんだよ」
輝の胃が氷のように冷たくなった.
「...衝撃の両親か? 私はただ殺し屋を雇ったんじゃない....あいつの父親が,あの子を独りぼっちにさせているという偽の証拠を捏造したんだ....悪い親を排除して子供を救うんだと,彼らに思い込ませた....あいつらは,自分たちがヒーローだと思っていたんだよ.すべてが嘘だと知ったのは,殺した後だった」
「...なぜそんなことを話す?」
「...私がようやく理解したことを,お前にも理解してほしいからだ....復讐は,広がる毒だ.私は娘の仇を討とうとして自分を毒した.猛を毒した.殺し屋を毒した.真に自分を壊す道具を与えて毒した....そしてお前も,田中を殺して自分を毒した....私たちは全員感染している.同じ病を広げているんだ....そして,清水は私たちを治そうとして死んだ」
「...どうすればいい? どうすれば連鎖を止められる?」
「...私には無理だ.毒を広げすぎた.私はもう手遅れだ....だが,お前なら」黒幕の声が完全に崩れた.「...お前なら,止まれる.違う選択をしろ.連鎖を断て....癒やしを選ぶ人間になることで,清水の死に意味を持たせるんだ....私にはできなかったことを,しろ」
電話が切れた.30秒後,ニュース速報が流れた.「黒幕プランナー,オフィスで遺体で発見.自殺とみられる.17件の殺人を自白する遺書が残されていた」.
彼は死んだ.30年にわたる悲劇の幕引き.悲しみを捨てられず,自らを壊したもう一人の親の末路.
[1週間後 - 清水の葬儀]
葬儀はささやかなものだった.清水は最初の6つの人生の知人のほとんどより長生きし,7回目の人生は孤独の中で,自分の本名すら知らない人々を助けることに費やしていた.
輝と衝撃は並んで立ち,共に物理的な重みのような罪悪感を背負っていた.
佐藤刑事が近づいてきた.転生した家族であり,最初の人生で輝を破滅させ,二度目の人生で彼を狩り続けた姉.
「...彼女,あなたたちにこれを残していたわ」佐藤は静かに手紙を渡した.「黒幕に会いに行く前に書かれたものよ.まるで分かっていたみたいに」
輝は震える手で封を切った.
輝,衝撃へ.
これを読んでいるということは,私は死んでいるわね....それでいいの.私は4回目の人生で夫を殺した直後に,自殺して死ぬべきだった.それ以降はすべて,借り物の時間だったのよ.
いくつか嘘をついたわ.47回の試みのうち,1人だけ救ったと言ったわね.あれは本当よ.でも,誰かは言わなかった.
彼女の名前は,中村ユキ.19歳.前世で兄を殺した犯人を殺そうとしていた転生者よ.私は彼女を止めた.あなたたちに見せたあの写真――復讐で壊れた人々の姿を彼女に見せたわ.
彼女は違う道を選んだ.復讐を捨て,自分の人生を築いた.結婚して,教師になった....彼女の家族は今も,幸せな彼女と共に生きている....彼女は私のことなんて忘れてしまったでしょうね.彼女にとって,私はただ人生の途中で助けてくれた見知らぬ誰か.
...彼女は,私の4回目の人生の娘だった.私が死んだ時,3歳だった娘....彼女も転生していたのよ.私は,最初の人生で救えなかった娘を,二度目の人生で救うことができた.
そのために19年,これを続けてきたの.他人が私と同じ間違いを犯すのを防ぐためだけじゃない.彼女を救った時のように,誰かを救いたかった.失敗ばかりの7つの人生に,意味を見出したかったの.
...そして,もう二度と,記憶を持ったまま転生したくない.たぶんまた生まれるでしょうけど,次は記憶がないことを願っているわ.もし記憶があったら...次は君たちの『友人』として会いたいわね.もし二度と会わなければ,それは私の物語がついに終わったということ....この愚かな世界から,ようやく解放されたということよ.
あなたたちは,48番目と49番目....そして,『成功』よ.あなたたちは復讐ではなく防止を選んだ.真の計画を止めた.連鎖を断ち切ろうとしている.
田中殺害の自白は嘘よ.あなたも,佐藤も知っている.でも法的には完璧.あなたたちは潔白よ.安全よ....生きなさい.その命を使いなさい.話していた組織を作りなさい.他の転生者を助けるの.私になれなかったものに,あなたたちがなるのよ....この愚かな世界で,転生の秘密を守りながらね.もしバレそうになったら,また気をつけて.
もし私が8回目の人生を歩むなら,どうか何も覚えていませんように.真っ新な状態で始めさせて.7つの人生の失敗と,すべてを賭けた1つの成功という重荷を下ろした,ただの人間でいさせて.それが,未来の私がこの世界で平和を見つける唯一の方法だから.
...毒を広げるのを,あなたたちで止めて. あなたたちが,治療薬(キュア)になりなさい.
――清水朱里(あるいは,もう思い出せない最初の人生の私より.転生ってのは,全部覚えていると本当に面倒なものね).
輝の頬を涙が伝った.衝撃は声を上げて泣き,赤いマフラーが涙で濡れていた.「...彼女,自分の娘を救ったのね」衝撃が囁いた.「...人生を超えて,見つけ出して,救ったんだわ」
「...そして,俺たちを救った」輝は佐藤を見た.「三人とも救われたんだ.復讐が毒であることを,連鎖を断ち切れることを,彼女が教えてくれた」
佐藤も涙を浮かべて頷いた.「...私は3年間,最初の人生で由美子がライトにしたことの報いを受けさせようとお前を追ってきた.お前を罰することで,自分自身の罪から逃げようとしていた....清水が教えてくれたわ.復讐は――たとえそれが正義の復讐であっても――毒なんだって....ようやく分かったわ,ライト(輝)」
「...俺も,あんたを許すよ.これからは」
「...ありがとう」彼女は心から微笑んだ.「...ようやく,姉弟になれたわね.血や策略じゃなく,選択によって.連鎖を断つという共通の決断によって」
彼らは,目覚め始める東京の街を眺めながら,静かに座っていた.一度死に,転生し,恐ろしい選択をし,そして今――不器用ながらも正直に――その選択を「破壊」ではない何かに変えようとしている,二人の魂.
輝のスマホが震えた.衝撃からのメッセージ:『連絡が入ったわ.京都の大人.転生者で,前世の恋人を殺そうとしている....行ける? 私は札幌の件を対応中よ』
彼は返信した:『今行く.これで42人目だ』
「...俺たちが背負っている重荷を知らずに済む人が,42人....人を殺す感覚を知らずに済む人が.それが,勝利ね」佐藤が肩越しに見て言った.
「勝利かな? それとも,ただの事後処理(ダメージコントロール)かな」 「...両方よ.そして,それで十分だわ」彼女は立ち上がった.「さあ,駅まで送るわ.仕事が待っているわよ」
[5年後 - エピローグ]
「セカンド・チャンス財団」は拡大していた.東京,大阪,京都に3つの事務所.12人のフルタイムスタッフ.成功した介入事例は100件を超えていた.
かつての清水の「失敗の壁」は,「成功の壁」へと姿を変えていた.復讐ではなく防止を選んだ,103人の笑顔の写真.
21歳になった輝は,その前に立っていた.かつてより穏やかで,平和な顔.瞳の黒い星は滅多に現れなくなり,深い感動や繋がりに触れた時にだけ静かに灯るようになった.
隣には同じく21歳の衝撃.赤いマフラーは数年前に両親の墓に埋め,今は両親の写真が入ったシンプルなネックレスを身につけている.深紅の瞳は消え,今では普通の茶色の瞳で過ごす日が多くなっていた.
「103人」衝撃がそっと言った.「...清水さんは19年で1人を救った.私たちは5年で103人を救ったわ」
「彼女がやり方を教えてくれたからだ.自分を犠牲にしてまで,教えてくれたから」輝は壁の最初の写真に触れた.山本アイリ.22歳になり,今はサバイバーの支援活動家として働いている.「...彼女の死の上に,このみんなの命があるんだ」
ドアが開き,真が入ってきた.21歳.20歳で保護観察と更生プログラムを終え,今は財団のセラピーコーディネーターとして働いている.この1年,父親の猛との関係を修復し,二人とも黒幕の呪縛から癒えつつあった.
「...定例会議だよ」真が言った.「新規案件が3つ.どれも緊急だ.一線を越えそうになっている」 「...救いに行きましょう」衝撃が言った.
会議室のテーブルに,輝,衝撃,真,佐藤,そして6人のスタッフが集まった.全員が救われ,他人を助けることを選んだ転生者たちだ.
「ケース1」真が始めた.「田中ユキ,17歳.前世の殺人犯を殺そうとしている....聞き覚えがある名前だろ?」 輝の胸が締め付けられた.「...俺が殺した人と同じ名字だ」 「別人だよ.でも,だからこそお前に担当してほしい」 「分かった.今日連絡する.復讐の代償を,別の道があることを伝えてくる」
「ケース2」衝撃が続いた.「清水ヒカリ,18歳.前世は俳優で,狂信的なファンに殺された.二度目の人生で,まだ生きている犯人を殺そうとしている....この子の名前,清水さんから取ったみたいな名前ね」 「私が担当するわ」佐藤が即座に言った.「俳優への殺意が生む怒りはよく理解している.署でも多くの事例を見てきたから」
「ケース3」真が静かに言った.「黒幕みなみ,19歳....黒幕の娘の転生だと自称している.父親の聖戦を引き継ぎ,芸能界への復讐を完遂しようとしているらしい」
部屋が静まり返った.黒幕の娘の幽霊が戻ってきて,復讐を終わらせようとしている.
「...俺がやる」輝が言った.「もし本当にあの子の転生なら,真実を知る権利がある.父親が彼女の名前を使って,30年間どれだけの人生を壊してきたか....そして,彼女が本当に望んでいたのは復讐なんかじゃなかったはずだということを」
輝は窓の外,広がる東京の街を見上げた.かつては復讐の舞台だったこの街が,今は救うべき命が溢れる場所に変わっている.
「...行こう.星を輝かせるのは,暗闇じゃない....暗闇の中で,共に歩もうとする誰かの光だ」
彼らは立ち上がり,それぞれの「戦場」へと向かった. 連鎖は断ち切られた.毒の拡散は止まった. 彼らはもう,復讐の傀儡(パペット)ではない. 自分たちの手で,自分たちの人生を,そして誰かの二度目のチャンスを紡ぎ続ける.
暗闇を貫く星々のように,彼らは輝き続ける. たとえ,その光がかつての罪の上に成り立っていたとしても.
完
