殺人の計画を立てるということは,舞台演出を練るのと似ている.細部へのこだわり,人間心理の把握,完璧なタイミング.そして「不可能」を「不可避」に見せる能力が求められる.
午前3時47分.輝(カガヤク)は衝撃(ショウゲキ)のマンションにいた.ノートパソコンの明かり以外は暗い部屋の中で,一見無害な学校の課題に見えるメモに囲まれている.だがそれは,破壊のための設計図だった.
ホテルの面会から3週間が経過した.3週間の監視,調査,パターン分析.日常という演技を維持しながら,人間以外の何かに変貌していく3週間だった.
衝撃がキッチンから,二人とも口にすることのないコーヒーを持って戻ってきた.ただ,手持ち無沙汰を解消するための小道具だ.彼女は輝の隣に座り,新しい資料を開いた.深紅の瞳がスクリーンの冷たい光を反射している.
「タイムラインを」彼女の声は事務的だった.「真(マコト)のルーチンは予測しやすいわ.月曜から金曜は学校.週末は横浜にある祖母のレストランでアルバイト.父親が刑務所に入る前に経営していた店よ」
「目撃者」輝が書き留める.「家族,カメラ.場所が悪すぎるな」
「同感よ.でも,彼は毎週土曜の夜,一人で歩いて帰る.午後11時に店を出て,関内駅から電車に乗り,山下公園を通って祖母のマンションまで歩くの」衝撃が地図を開いた.「公園には人通りのない区間がある.50メートルにわたってカメラがない.木々が街灯を遮っている.完璧だわ」
輝は地図を凝視し,計算した.「強盗の失敗に見せかけるか?」
「あまりに無作為すぎる.警察が捜査して,いずれ私たちに辿り着くわ」彼女は公園の一部をズームした.「自殺の方がいい.鬱気味のティーンエイジャー,犯罪者の家族,父親の投獄によるプレッシャー.彼が桟橋から海に飛び込む.死体は後で漂着するか,そのまま消えるか」
「納得感のある演出ができるか?」
「先に薬を盛ればね.レストランで飲み物にロヒプノールを混ぜる.彼は意識を朦朧とさせ,ふらつきながら公園へ行き,飛び降りる.毒物検査で薬が出ても,現実逃避のために使ったと思われるだけよ」衝撃の声は落ち着き,プロのようだった.「投与量には細心の注意が必要ね.多すぎれば明らかな殺人になるし,少なすぎれば抵抗される」
輝は胃のあたりが疼くのを感じた.罪悪感ではない.自分たちが,化学実験について話すような口調で,一つの命を終わらせる相談をしているという自覚だった.
「あいつの『保護』はどうする? 弁護士に証拠を預けていると言っていたが」
「それも調べておいたわ」衝撃が別のファイルを開いた.真のメール,メッセージ,銀行口座のスクリーンショット.「あいつの個人アカウントをハッキングして,いくつか重罪を犯したかもしれないけど,見つけたわよ.あの『保護』はほとんどブラフね.書類を預けている弁護士は一人だけ.刑事事件の専門家じゃなく,ただの家族ぐるみの付き合いがある弁護士.内容は遺言に関する初歩的なもので,大したことじゃない」
「どうやって...」輝はスクリーンを見つめた.「個人アカウントにハッキングしたのか?」
「9歳の時からサイバーセキュリティを独学してるのよ」衝撃の表情は険しかった.「人殺しを狩るなら,隠された情報にアクセスする必要があると思ったから.そのスキルが誰に対しても使えるって分かっただけ....私の両親を殺した奴らには,まだ何の役にも立ってないけどね」彼女はフォルダをクリックした.「あいつの最大の防御は,もっと単純なものよ.祖母.高齢で,脆い.もし真が死ねば,そのショックで彼女も死ぬかもしれない.それが真の本当の保険だわ.彼女まで死ぬかもしれないと思えば,あんたは手を出さないと踏んでいる」
輝は目を閉じた.「付随的な被害か」
「自分の孫が何を企んでいるか,これっぽっちも知らない罪のないおばあちゃんね」衝撃の声がわずかに和らいだ.「ここが一番ややこしいところ.道徳が濁り始める場所だわ」
「道徳なんて最初から泥沼だ.俺たちは殺人を計画してるんだから」
「自衛を計画してるのよ.違いはあるわ」だが,彼女の声には確信がなかった.「真はあんたを脅した.私を脅した.あいつは危険因子よ.排除するのは正当な理由がある」
「それで祖母が悲しみで死んだら?」
「それはあいつの責任よ.死ねば祖母を絶望させるような孫でありながら,金のために殺人をちらつかせるような人間だった,あいつのね」衝撃は震える息を吐いた.「すべての結果をコントロールすることはできない.私たちにできるのは,実行することだけよ」
輝は目を開き,彼女を見た.本当の意味で見た.疲労に満ちた顔,わずかに震える手,決意と絶望が混ざり合って燃える深紅の星.
「...大丈夫か?」彼は静かに尋ねた. 「いいえ.あんたは?」 「いいえ」 東京が眠りにつく中,二人のティーンエイジャーは地獄のような計画を抱え,沈黙の中に座っていた.
「今からでも清水さんに電話できるわよ」衝撃が不意に言った.「名刺は引き出しの中にある.電話して,別の道を探すのを手伝ってって言える.あの一人の子を救ったみたいに,私たちを救わせてあげることもできる」
「君は,電話したいのか?」
衝撃の手が赤いマフラーへと伸びた.長年触れ続けて擦り切れた布地.「一部の私はそうしたいと思ってる.7歳の時に両親が死ぬのを見ていた,あの頃の私.人殺しにならずに済む道があると信じたい私」
「...もう一人の君は?」
「あいつらの顔を覚えてる.マスクを被った3つの影.両親を殺した後,ついでに私を殺すかどうかを淡々と話し合っていた姿.そして...そのまま立ち去った.一つの家族を壊しておきながら,二度と思い出すこともなかったであろう,あいつらの後ろ姿」彼女の声が硬くなった.「その私は知ってる.慈悲を見せない奴らに,慈悲をかけるのは無駄だってことを」
輝にはその気持ちが痛いほどわかった.「俺の母は,俺の腕の中で息絶えた.父は,俺に向けられたナイフを代わりに受けた.二人とも,俺を守って死んだ.それなのに真は...あいつは二人の死をビジネスチャンスだと思ってる.正当化し,そこから利益を得ようとしているんだ」
「なら,清水さんには電話しない」 「電話しない」輝はノートパソコンに向き直った.「完璧に計画しよう.非の打ち所なく実行する.そして,その結果を背負って生きるんだ」 「...生き残れたらの話だけど」
「生き残れたらの話だな」
[1週間後 - 監視]
土曜日の午後11時23分.輝は山下公園に立っていた.海越しに見える横浜の夜景を撮影する観光客を装いながら.実際には,真の歩く時間を計り,脱出経路を確認し,カメラの死角をチェックしていた.
衝撃はレストランにいた.隅のボックス席に座り,本を読みながら真の働きぶりを観察していた.彼のパターン,客とのやり取り,ルーチンを頭に叩き込む.
これを1週間続けてきた.真に気づかれないよう交互に監視し,標的の生活の完全な写しを作り上げていく.輝のスマホが震えた.衝撃からのメッセージだ.『店を出た.11:25.スケジュール通り』
輝はスマホをしまい,真が通るであろう道の見通しが良いベンチへ移動した.一眼レフを取り出し,完璧なアングルを狙う写真家のように夜景にレンズを向けた.
5分後,真が現れた.自信に満ちた足取り.ヘッドホンをして,自分が監視されていることに全く気づいていない.彼は輝のベンチから5メートル以内を通り過ぎたが,一度もこちらを見なかった.
(死角だ) 輝は書き留めた.(周囲を警戒していない.ルーチンの中に安全を感じている.それが弱点だ)
輝は真が公園を進むのを見届けた.自分たちが予測した通りのルート.照明のあるエリアを通り,木々の生い茂る暗がりに入り,桟橋の近くに姿を出し,祖母のマンションへと曲がっていく.
暗い区間は47メートル.輝が自ら歩いて測った距離だ.カメラは届かず,木々が何でも隠せるほど深い影を作り,波の音が騒音をかき消してくれる,47メートル.
(あそこでやるんだ) 彼は思った.(16歳の子供が人殺しになる場所だ) 彼の黒い星が脈動した.彼は必死にそれを抑え込んだ.(ここではダメだ.誰かに見られるかもしれない)
真が角を曲がって見えなくなった.輝は10分待ち,別のルートで公園を出た.3ブロック先の指定された待ち合わせ場所へ向かう.そこには衝撃がいるはずだ.
彼女は閉まった店の軒先に寄りかかっていた.薄暗い街灯の下でも,赤いマフラーが鮮やかだった.彼に気づくと,一瞬だけ安堵が顔をよぎったが,すぐに仮面が戻った.
「ルートに変更はなかった」輝が確認した.
「レストランでもそう.同じ注文,同じタイミング,すべて同じ」衝撃はスマホを取り出し,メモを開いた.「2週間追跡したけど,あいつは習慣の生き物ね.逸脱しないわ」
「俺たちにとっては好都合だ」
「好都合ね...」彼女が繰り返した.だが,言葉を探すように詰まった.「でも,だからこそ...『間違い』を犯しているような気分になる.自分が獲物だと気づいていない相手を狩っているんだもの」
「あいつが君を脅した瞬間,自ら獲物になったんだ」輝の声は冷たかった.「それを忘れるな.今さらあいつを人間扱いするな.あの愚か者は,俺の手で死ぬんだ」
「人間扱いなんてしてないわ.私たちが何になりつつあるかを確認してるだけよ」衝撃の深紅の瞳が彼を捉えた.「私たちはもう,人殺しの準備ができている.標的のパターンを学び,効率的に殺す方法を考えている.それが殺し屋のすることよ」
「なら,俺たちは殺し屋だ」輝が歩き始めると,彼女も隣に並んだ.「また獲物に戻るよりはマシだ」 横浜の街を,二つの影が沈黙の中で歩く.誰の目にも見えない暗闇を背負って.
「あと3週間」やがて衝撃が言った.「その時に決行しましょう.11月23日.細部を詰め,何一つ手違いが起きないようにする時間はまだある」
「なぜその日なんだ?」
「あいつが17歳になる1週間前よ.誕生日に近ければ,悲しみによる自殺という筋書きが自然になるし,当日じゃないから仕組まれたようにも見えない」彼女は徹底的に考え抜いていた.「それに,予報では雨.雨の日の公園なら目撃者も少ないわ.格好の隠れ蓑になる」
輝はゆっくりと頷いた.3週間.21日.引き返せない一線を越えるまでの時間.後戻りするための21日.清水朱里に救いを求めて縋り付くための21日.
だが,彼はその21日間を「止める」ために使うことはないだろう.止めるということは,真からの脅迫に怯え続ける一生を受け入れることだ.いつ殺されるかわからない恐怖,両親を奪った殺人から利益を得ようとする奴の存在を許すことだ.
「11月23日」彼は確認した.「その日に,あの野郎を叩き潰そう」
[2週間後 - 亀裂]
カウントダウンの14日目.悪夢が始まった.
輝は午前3時47分に目を覚ました.いつも3時47分.宇宙の悪趣味な冗談だ.里親宅の客間に,黒い星が激しく燃え上がる.夢の中で,彼は真を海に沈めていた.真が暴れ,抵抗し,命乞いをするのを力ずくで押さえつけていた.
だが,引き上げた死体の顔は,真ではなかった.自分自身だった.4歳の頃の自分.裏切られたような目をして,「どうして僕を殺した奴と同じになったの?」と問いかけてくる自分.
彼は起き上がり,震える手で衝撃にメッセージを送った.『起きてるか?』 すぐに返信が来た.『悪夢?』 『ああ.君もか?』 『決めてから毎晩よ』少しの間.『両親が,私の計画を見てる夢.悲しそうな顔をしてるの』
輝は彼女に電話をかけた.コール一回で彼女が出た.「やらなくてもいいのよ」彼女はいきなり切り出した.「まだ引き返せる.清水さんに電話して,別の道を探しましょう」
「...君は,引き返したいのか?」 沈黙.あまりに長かったので,輝は彼女が「はい」と言うのではないかと思った.
「いいえ」ようやく彼女が言った.「怖くてたまらない.悪夢も見る.すべてを疑ってる.でも,引き返したくはない.そうすれば,一生恐怖の中で生きることになるから」
「俺も同じだ」 「本当にやるのね」 「本当にやるんだ」
再び沈黙.そして,衝撃の小さく壊れそうな声が聞こえた.「自分が何になってしまうのか,怖い.終わった後,私たちがどうなってしまうのか.清水さんは,復讐が彼女を空洞にしたって言ってた.もうそれを感じ始めてる.毎日,自分の中の何かが少しずつ削られていくみたい」
「わかってる」輝は受話器を耳に当てたまま横になった.「俺も同じだ.自分が武器に飲み込まれていくのを感じる.星野輝が死んで,殺すための『モノ』だけが残っていく」
「元の場所に戻れるかな? 終わった後で」 「わからない.清水さんは戻れた.復讐の後,何度も人生を繰り返してる.でも,彼女は毎日後悔してるとも言ってた」
「...なら,私たちは後悔と共に生きるのね」
「そうだな.後悔と共に生きよう」輝は目を閉じた.「でも,少なくとも『生きる』ことはできる.真は俺たちを生かしておかなかった.自分にそう言い聞かせているよ.これは復讐を装った生存競争なんだって」
「それは本当のこと?」 「もうわからない」正直で,剥き出しの言葉だった.「...それが重要か?」 「たぶん,重要じゃないわね」電話の向こうで衣擦れの音がした.彼女は不安な時にするように,歩き回っているのだろう.「あと7日.それで終わる」
「それで終わる」 「...そして,怪物になった自分と向き合うのね」 「俺たちはもう怪物だよ」輝は静かに言った.「計画を始めた時から怪物だったんだ.実際に殺すのは,それを公式なものにするだけの手続きだ」
「救いがないわね」 「それが現実だよ」
衝撃が笑った.脆くて鋭い笑い.「私たち,自分たちの怪物性について哲学的な議論をしながら,殺人の計画を立ててる.狂ってるわ」
「これが俺たちの人生だ」輝の黒い星が暗闇で脈動した.「トラウマと転生と復讐がもたらす結果だよ.年不相応に老けさせ,あるべきではない能力を身につけさせる」
「...普通になりたかった」衝撃が囁いた.「死がどんなものか知らないままでいたかった.世界は根本的に公平だと信じていたかった.暴力とは無縁の未来を計画したかった」
「俺たちは最初から普通じゃなかった.二度の人生ともね」それでも,輝にはその言葉が理解できた.「ただ,演じるのが上手くなっただけだ」 彼らは夜明けまで話し続けた.電話線と共有された破滅によって繋がった二人の不眠症患者.これから来るものに耐えられるよう,互いを支え合っていた.
あと7日.168時間. blood.結果.自分たちのしたことを背負って生きるか,そのせいで死ぬか.
[11月22日 - 前夜]
輝と衝撃は,最後にもう一度公園で会った.監視のためではない.もう十分すぎるほどやった.ただ,事が起きる場所に立ち,その現実と向き合い,引き返すための最後のチャンスを自分たちに与えるためだった.
午後11時47分.公園には誰もいなかった.雨が降り始め,アスファルトを黒く濡らしていた.二人は木々に囲まれ,カメラからも目撃者からも隠れた47メートルの区間に立っていた.
「明日の夜ね」衝撃が言った.「明日の今頃,私たちは人殺しになってる」
「あるいは死んでいるか.何かが狂えばな.あいつが予想以上に抵抗するか,目撃者が現れるか」輝は雨を見上げ,それを顔で受けた.「準備はいいか?」
「いいえ.あんたは?」 「いいえ」
「よかった」衝撃は彼に向き直った.雨が彼女の顔を伝い,赤いマフラーは水を吸って重く沈んでいた.「準備ができているなんて言ったら,それが『簡単なこと』だって思ってる証拠だもの.もしこれが簡単だったら,私たちは怪物を強いられた人間じゃなくて,ただの本物の怪物よ」
「...言葉の綾だな」 「大事な綾よ」彼女は彼の手を掴み,強く握りしめた.「約束して」 「何を?」
「もし生き残れたら――本当にやり遂げて,逃げ切って,その後も自分たちを保って生きていけたら,私たちが人間であり続けられるように助け合おうって.武器にすべてを飲み込ませないって約束して」
輝は繋がれた手を見た.二人とも震えていた.暗闇の中で黒く見える雨に濡れた手.「約束する」彼は言った.「人間だったことを覚えている怪物になろう.時々心を感じる武器になろう....それがどんな姿であれ」
「...地獄みたいな姿ね」 「生存という名の地獄だ」 衝撃は不意に,必死な様子で彼を抱きしめた.「あんたでよかった」彼女は彼の肩に顔を埋めて囁いた.「こんな風になってしまうのなら,一人じゃなくてよかった」
「俺もだ」
二人は雨の中,暗闇の中,明日殺人を犯すその場所に立ち,残されたわずかな人間性の破片を繋ぎ止めようとしていた.
頭上で,東京の空が泣いていた.周囲で街は眠り,二人の市民が二度と戻れない境界線を越えようとしていることなど知る由もなかった. 明日,午後11時25分.星野真はこの公園の区間を歩く. 明日,午後11時32分頃.彼は死ぬ.
そして星野輝とバースト衝撃は,一生をかけて逃げてきたものそのものになる. 雨は激しさを増した.闇が深まった.遠くで電車の警笛が聞こえた.それは破滅へのカウントダウンのように,悲しく,避けがたく響いていた.
つづく... [次回:第9話「すべてが変わる夜」]
